◆特別受益者・寄与分・遺留分・遺留分減殺請求権
仮例 先月初め主人をガンで失ったA子さん、葬儀から初七日とあっという間に過ぎ去り、悲しみのどん底からようやく立ち直ってやっと一昨日四九日も済ませ、これで亡き夫の魂も無事天国に旅立ったという安堵に浸っておりました。やっと一仕事を終えたということで気持ちを引き締めて,ついに本題である相続の処理の問題に立ち向かわなければならないということで遠隔地に散らばっている子供たちに「全員集合」の号令をかけることになりました。
とりあえず家族会議の議長を務めることになるA子さんは話を進めるにあたり,亡き夫が生前子供たちに財産贈与を為した額を洗い直し始めました.私がこういうのもなんですが,亡き夫は相続税のことをしきりに心配して,自分名義の預金を極力減らして出来るだけ現金,預金を少なくしておくという方法で嫁に行った長女,次女,関西の大学に行った長男,家を新築した次男と殆どの子供たちに何らかの形で贈与を為しておりました。それぞれの額については今のところ定かではありませんが,今のところ夫が遺言書を残した形跡もなく指定相続による遺留分の問題も生じそうにありません。 公平な法定相続に則った形で相続を進めていかなければならないようです。
●特別受益者 条文の上をクリックすると根拠条文が見れます
婚姻,養子縁組,独立の際に被相続人から贈与を受けた相続人のことを言う
【特別受益者の相続分】
共同相続人中に被相続人から遺贈を受け,又は生前に贈与を受けた者(このような者を特別受益者という)があるときは、これらを考慮せずに相続分を計算したのでは,共同相続人間に不公平が生ずる。そこで,共同相続人間の公平を図るために903条の規定がある。被相続人が相続開始時において有していた財産の価格に,その贈与の価格を加えたものを相続財産とみなす。相続分を前渡的に受けている者が受けた利益の額を相続開始時の相続財産に加えたものを相続分算定の基礎とすることによって、生前贈与を受けた相続人と受けていない相続人との間の公平を図るのである。
そして算定したみなし相続財産を基礎として,900条から902条の規定によって各共同相続人の具体的相続分を一応算定する。次に,その算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価格を控除し,その残額をもってその者の相続分とする。
【特別受益者の法的地位】
特別受益者は相続放棄者とは異なり相続分を失うものではない。しかし被相続人の生前に法定相続分に等しい、あるいはそれを超えている財産の贈与又は遺贈を受けている場合は相続分はゼロとなる.
民法第903条
●寄与分
被相続人の事業を手伝ったり,その療養看護をしたりして被相続人の財産の維持,増加について特別の寄与をしたときになされる
【寄与分がある場合の相続分】
寄与があったものとみなされるときは,その寄与分を除いたものを相続財産とみなし,それを基礎として算出した相続分に寄与分を加えた額がその者の相続分となる 民法第904条の2
●遺留分
一定の相続人のために法律上必ず留保されなければならない遺産の一定割合をいう。民法には,「遺留分に関する規定に違反することはできない」(民法902‐1但書,964但書)とか,「遺留分に関する規定に反しない範囲内で,その効力を有する」(民903-3)という表現を用いた条文が存在しているが,遺留分を侵害する行為は当然には無効とはならず,減殺請求ができるだけであるとされている。したがって、遺留分を侵害する遺贈や贈与も、一応効果は生じ、減殺請求がされたときは,遺留分を害する範囲でその効果が失われることになる。
【遺留分権利者】
遺留分の保障を受けるものは,被相続人の配偶者と直系卑属および直系尊属だけに限られ,兄弟姉妹は除外される. 民法第1028条
【遺留分の割合】直系尊属のみが相続人のとき 被相続人の財産の3分のT
その他の場合 被相続人の財産の2分のT
【遺留分の算定】相続開始のときの財産額に相続開始前1年間の生前贈与を加え,そこから債務全額を控除したものが遺留分算定の基礎となる額であり,この額に遺留分の割合を乗じたものが遺留分である.民法第1029条 民法第1030条
●遺留分減殺請求権
遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するに必要な限度で,遺贈や一定の贈与の減殺を請求することができる。(民1031)。この遺留分減殺請求権は,現実に受けた相続財産が遺留分に不足しているときに始めて成立する。即ち,遺留分権は,相続が開始し,遺留分算定の基礎となる財産が確定した後に具体的に発生する権利であって、相続開始前の時点で予め遺留分減殺請求権を行使することはできない。
性質
1.遺留分減殺請求権は、形成権であって、受贈者又は受遺者に対する減殺の意思表示によって行えば足り、必ずしも訴えによる必要はなく,また,いったんその意思表示がなされた以上法律上当然に減殺の効力を生じる。
2.遺贈・贈与の目的が特定物の場合,遺贈又は贈与は遺留分を侵害する限度において失効し,受贈者又は受遺者が取得した権利はその限度で遺留分権利者に帰属する。
3.遺留分減殺請求権は,財産上の権利であり,相続,債権者代位権の対象となる。
減殺の当事者及び順序
遺留分減殺請求権を行使するのは,遺留分権利者及びその承継人であり(民1031),その相手方は,受贈者・受遺者,その包括承継人で又は悪意の特定承継人である(民1040)
遺贈・贈与が複数あるときは,次の順序にしたがって,減殺しなければならない。
1)遺贈と贈与があるときは,遺贈を先に減殺する(民1033)
2)複数の遺贈があるときは,その遺言の目的価格の割合に応じて減殺をしなけれけばならない。ただし,遺言者が遺言で別段の意思を表示したときは,その意思に従う(民1034)
3)複数の贈与があるときは,後の贈与から始めて,順次前の贈与に及ぶ(民1035)
上記のことを十分念頭に入れた上で,実際の問題に対処すれば間違いのない遺留文減殺権の行使ができるものと思う。
(発展問題仮例)被相続人甲の相続人は配偶者乙のみである。甲の相続開始時において有した財産は2000万円とする。甲はAに1000万円の遺贈を,Bに2000万円,Cに2000万円,Dに2000万円の贈与をしていた。贈与の順序はD、C、Bの順であり,Dへの贈与は相続開始の1年以上前に行われ,Dには遺留分を侵害するとの認識はなかった。乙は,誰に対して,どれだけの遺留分減殺請求権の行使ができるか(債務はないものとする)
1.遺留分の算定の基礎となる財産は,相続開始時において存在する財産2000万円に,相続開始の1年内にされた贈与の額4000万円を加えた6000万円である(B及びCにされた贈与が算入され,Dに対する贈与は,1年以上前に行われ,Dが善意であるから算入されない)。
2.遺留分減殺請求権を行使するのは乙であり,乙は配偶者であるから2分の1の遺留分を有するので,具体的な遺留分の額は,3000万円である。
3.Aへの遺贈は,相続開始時に存在する財産2000万円から流出する財産であり,結局,乙は1000万円を相続分として受けうるにとどまる(もっとも、Aへの遺贈が実行される前に乙が減殺請求すれば,2000万円の相続分を受けることも可能である)。
4.以上の結果,乙の遺留分は,2000万円(遺留分額3000万円−受けた相続分1000万円)の限度で遺贈及び贈与によって侵害されている。
5.乙は侵害された遺留分の額2000万円の限度で遺贈・贈与の減殺を請求でき,その順序は,遺贈,贈与の順序であるから,まず受遺者Aに1000万円の減殺を請求する。それでなお,1000万円の遺留分が侵害されているので,死亡に近い受遺者Bに減殺請求できる。ただし、Bは2000万円の贈与を受けているが,そのうち減殺請求できるのは,1000万円の限度である。
6.以上のようにして,乙はAに1000万円,Bに1000万円減殺請求し,相続分1000万円と合わせて,遺留分3000万円が保全できるのである。