Q、
私は農家の主人ですが、4人の子供のうち農業を継いでいる長男に田畑家屋敷を全部相続させたいと考えています。ところが、次男や嫁いでいる2人の娘が土地に対する権利を主張します。先年妻は死亡し、相続人は子供達だけですが、農地を分散させないように今のうちにとるべき処置についてお教え下さい。
A、
現行相続法は、いわゆる均分相続ですので、あなたがこのまま何もしないで死亡されると、あなた名義の財産は、子供達4人で平等に相続されることになります。そして分割方法のいかんによっては農地を4分することにもなりかねません。ところが、農地を分割すると農業経営が零細化し、経済的に不利益でしかも近代的農業政策にも逆行することとなり、好ましくありません。
そこで、あなたの希望どおり、長男に単独相続させるために今のうちにとるべき処置として、生前贈与(農地等を全部長男に生前贈与してしまう)と遺言(あなたの死後における財産の処置を今のうちに決めておく)の方法が考えられます。ただ、税負担の点からは、贈与税が高く遺言による相続税が低いことを考慮すべきであることはもちろんです。
生前贈与、遺言、いずれの方法をとるにしても、農業経営に必要な不動産をすべて長男に渡すとなると、遺産としてそのほかに財産があるか、また、それがどのくらいあるかによって残る子供3人に対する遺留分の侵害が問題になります。
遺留分とは、相続人に対して、相続財産の中から少なくともこれだけは必ず相続させなければならないと法律によって決められた最低保障の割合です。あなたの家庭のように子供だけの場合ですと、相続分の2分の1が遺留分です。ですから、4人の子供にはそれぞれ全遺産の8分の1ずつの遺留分を有していることになります(民法1028条)。この、遺留分の算定においては、あなたの死亡時点の財産だけでなく、あなたが、生前、長男に贈与した農地等の不動産の価格をも含め、4人の子供達に使った結婚資金、独立生計資金の価格も合算して全遺産に計上されることになっています(民法
903条、1030条、1044条)。子供達が、いずれも、全遺産の8分の1以上を相続できる場合には、農地等を長男が全部相続でき、農地細分化の心配もありません。しかし、長男に農地等を相続させることが、残り3人の遺留分を侵害する場合には、あなたの死亡後、長男が農地の一部を娘さん達に返さなくてはならない場合が生じてきます。
そこで、こういう場合にとるべき処置として、遺留分の放棄という制度があります(
1043条)。あなたが存命中に他の子供達を説得して家庭裁判所に遺留分放棄の許可を申し立てるように働きかけてはいかがでしょう。申立ては、親(被相続人)の住所地の家庭裁判所で、申立書の提出自体は代理人でも可能です。そうすれば、あなたは農地等を全部長男に相続させることができます。また念のために申し添えますと、遺留分を侵害しているからといって法的にその贈与または遺贈が無効になるわけではありません。この場合、遺留分を侵害された者には遺留分減殺請求権(遺留分を保全するに必要な限度で贈与・遺贈を削減する)があり、この権利を行使することによって侵害の回復を図ることになっていますが、相続の開始及び減殺すべき贈与または遺贈があったことを知ったときから、1年以内にこれを行使しなければ、この権利は、時効によって消滅してしまいます。相続の開始の時から10年を経過したときも同様です(
1042条)。