共同相続人の1人に対する定期預金債権の特定遺贈の効力が定期預金債権を除くその余の遺産についての分割協議の成立により失われたとした原審の判断に違法があるとされた事例です。
「本件定期預金は、遺言により上告人に対して特定遺贈されたものであるところ、遺産分割協議の対象とはされておらず、上告人による遺贈の放棄はされなかったというのであるから、本件においては、本件定期預金は喜久治の死亡により直ちに上告人に帰属したものというべきであり、本件遺産分割協議の成立は、遺贈の効力を何ら左右するものではない。」
最高裁判所第1小法廷 判決 平成12年9月7日
本件は、共同相続人間で遺産に属する定期預金債権の帰属が争われている事案であり、上告人は、被上告人らに対し、上告人が右定期預金債権を有することの確認を求めている。
原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
喜久治は、昭和55年12月22日、自筆証書により、その所有する不動産、株式、預貯金を上告人に遺贈する旨の遺言をした。
喜久治は、平成3年8月2日に死亡した。
その法定相続人は、妻である上告人並びに子である實、被上告人ナゝ子、同ユキ子及び同眞喜子の合計5名である。
別紙遺産目録記載の喜久治の遺産は、本件遺言により上告人に対して遺贈されたものであるが、上告人を含む相続人らは、平成4年1月8日、右遺産につき、本件遺言の趣旨とは異なる内容の遺産分割協議を成立させた。
本件遺言書は右協議の最中に発見され、相続人全員が本件遺言の存在及びその内容を知った。
定期預金目録記載の定期預金債権も、喜久治の遺産であり、本件遺言により上告人に対して遺贈されたものであるが、右協議の時点では、上告人を含む相続人らにおいて遺産に属すると認識していなかったため、本件遺産分割協議の対象とはされなかった。
被上告人らは、本件定期預金が喜久治の遺産であると主張してその遺産分割を求めており、これに対し上告人は、本件定期預金が自己に帰属するものであると主張している。
原審は、
(一)本件定期預金は、本件遺言により上告人に対して特定遺贈されたものである、
(二)上告人が、本件遺産分割協議において、本件定期預金について遺贈の放棄
をしたものとは認められない、
(三)しかし、本件遺産分割協議が有効に成立したことにより、本件遺言はその役割を終えたものと見るのが相当であるから、本件遺言による遺贈の効力はもはや本件定期預金には及ばないとして、上告人の本訴請求を棄却すべきものと判断した。
しかしながら、(三)の判断は是認することができない。
その理由は、次のとおりである。
本件定期預金は、本件遺言により上告人に対して特定遺贈されたものであるところ、本件遺産分割協議の対象とはされておらず、上告人による遺贈の放棄はされなかったというのであるから、他に、右遺贈の無効事由についての特段の主張立証のない本件においては、本件定期預金は喜久治の死亡により直ちに上告人に帰属したものというべきであり、本件遺産分割協議の成立は、右遺贈の効力を何ら左右するものではない。
以上の次第で、本件遺言による本件定期預金の遺贈の効力を否定して、上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
本件定期預金が自己に帰属することの確認を求める上告人の本訴請求は理由があるから、第一審判決を取り消した上、右請求を認容すべきものである。
弁護士中山知行