工事請負人に、その請負代金につき、債務者所有の土地に対する商事留置権を認めなかった東京高裁の決定です。工事施工という一時的な事実行為目的による土地使用は、商事留置権の成立要件たる「商行為ニ因リ自己ノ占有ニ帰シタル」債務者所有の土地に対する占有ということはできないと解すべきであると述べています。民法上の留置権は、目的物の占有と被担保債権との間の牽連関係を必要としますが、商事留置権はこれを必要としません。商事留置権を認めなかったわけですから、この問題は、牽連関係の問題ではないということです。・・・占有要件の問題です。
平成11年7月23日 東京高裁 決定
商人間の商行為によって債権者の占有に帰した債務者所有の物に対して生ずるいわゆる商事留置権は、事案によっては不動産を目的としても成立し得ると解され(商法521条)、もともと目的物の占有と被担保債権との間の牽連関係を要しないものではあるけれども、目的物を占有しているといえるためには、債権者が自己のためにする意思をもって目的物に対して現実的物支配をしていると見られ得る状態にあること、すなわち債権者に独立した占有訴権や目的物からの果実の収受権等を認めるに値する状態にあることを要すると解すべきである。
これを本件についてみるに、工事請負人である戸田建設が債務者との間の建築請負契約に基づきその履行のために行う本件土地の使用は、請負の目的たる建築工事施工という債務の履行のための立入り使用であり、注文主である株式会社に対してのみ主張することができる立入り使用の権原であって、本件においては建物は未完成であるが、建物完成後建物引渡までの間戸田建設が建物を所有することが予定されていても、そのために本件土地の占有権原について取引行為がなされたともいえず、取引通念上、戸田建設が本件土地について対外的に独立した占有訴権を行使したり、本件土地からの果実を収受することなどを予定しているものとは認められないから、対外的関係からみれば、所有者である株式会社の占有補助者の地位を有するにすぎず、土地所有者の占有とは独立した占有者とみることはできない。
したがって、このような工事施工という一時的な事実行為目的による土地使用は、商事留置権の成立要件たる「商行為ニ因リ自己ノ占有ニ帰シタル」債務者所有の土地に対する占有ということはできないと解すべきである。
このような工事請負人の施工土地に対する使用の性質は、建築工事が完了し建物が完成した場合においても変わることはない。
すなわち、一般に工事請負人は完成の際に新築建物の所有権を原始的に取得し、注文主への引渡によって所有権が移転すると解されているので、竣工から引渡までの間は、建物所有のために敷地上に使用借権等を取得すると解する余地があるのであるが、右権原も工事施工という事実行為のために成立したものであり、注文主への完成建物の引渡しという限定された目的のために存続する一時的な権原にすぎない。
したがって、このような土地使用形態も、商事留置権の成立に必要な前示の占有要件を満たすものではないと解される。
原決定のように建物工事請負人に施工土地に対する商事留置権を認めるとすると、抵当権等担保権の対象となっている土地の上に建物を建築し、意図的にその請負代金を弁済せずに(本件においては、弁済の遅滞のために本来の代金額の2倍以上の額の遅延損害金をいたずらに生じさせている。)工事請負人に土地に対する商事留置権を実行させて抵当権者に対する配当を減額ないし無しにするようなこと、すなわち抵当権の実効性を害するような操作も可能にすることになり、また無剰余のための土地に対する抵当権等の実行手続を事実上不可能にしてしまう事態を招く可能性もあり、担保権制度の秩序を乱す危険がある。
さらに、本件土地の任意の買受人は、結局商事留置権によって担保された工事代金債権を弁済するか、本件土地を建物所有者となる注文主やその承継取得者に買取ってもらうなどせざるを得なくなり、その買受人の建物工事代金の弁済は注文主のための代位弁済になるだけであり、また、商事留置権の実行としての競売手続における配当も、注文主自身の債務弁済に当たると見ざるを得ない。
そうすると、注文主にひとまず建物の所有権を帰属させることになるので、注文主に対する他の債権者等が存在すると、買受人が完成した建物の所有権を取得することや本件土地を買い取ってもらうことも法律上も事実上も保障されているわけではないから、結果として、利害関係者に実質的公平とは言い難い複雑な法律関係を残すのみである。
結局、法定地上権の成立が見込めない完成建物の商品価値の下落の危険を誰に負担させて利害関係者の法律関係を処理するのが公平かという問題であり、建物工事請負人の工事代金債権を保護するために、短絡的にその施工土地に商事留置権を認めることが、その問題の公平な解決をもたらすものでもない。
したがって、前記の占有の法理や取引通念に照らして考察すると、建物工事請負人に施工土地に対する商事留置権を認めるべき理由はない。
このようにして、戸田建設の前記請負代金等の債権につき、本件土地に商事留置権の成立を認めることはできないから、これが成立するとして本件土地の最低売却価額を〇円とした決定及び無剰余であるとして競売手続を取り消した原決定はいずれも不当である。
よって、原決定を取り消すこととし、なお最低売却価額の変更など本件競売手続を続行させる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
弁護士中山知行