「相続開始後、相続放棄の申述およびその受理前に、相続人が被相続人の有していた債権を取り立てて、これを収受領得する行為は、921条1号の相続財産の一部を処分した場合に該当する。」・・・最近、多額の債務を残して亡くなる人が多く、相続人の方から相続の放棄の申述手続の依頼が頻繁にあります。しかし、次のような行為があると、相続放棄が認められなくなりますので注意してください。
第921条〔法定単純承認〕
左に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。但し、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は放棄をしなかつたとき。
三 相続人が、限定承認又は放棄をした後でも、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを財産目録中に記載しなかつたとき。
但し、その相続人が放棄をしたことによつて相続人となつた者が承認をした後は、この限りでない。
昭和37年6月21日 最高裁第一小法廷 判決
上告人の妻はその存命中自己の名義で独立して呉服類の行商をなし、判示のとおりの売掛代金債権を有していたが、自己の借財が被上告人に覚知されるや、昭和32年7月下旬頃から家出し、同年8月22日自殺したこと、上告人は妻の死亡による相続が開始されるや同年10月31日金沢家庭裁判所に相続放棄の申述をなし、同年11月8日それが受理されたこと(この申述及び受理の点は争がない)、然るに上告人は右相続開始後であり且つ右相続放棄の申述及びこれが受理前である同年8月30日頃右売掛代金中のMに対する金3000円の分を取立てて収受領得したことは原判決挙示の証拠によつて認定されたもろもろの事情及びこれに追加して挙示されている証拠に徴し優に首肯でき、その認定の経路に所論違法のかどあるを発見できない。
そして上告人が右のように妻の有していた債権を取立てて、これを収受領得する行為は民法921条1号本文にいわゆる相続財産の一部を処分した場合に該当するものと解するを相当とするから、上告人が判示爾余の債権を如何ように処置したか否かの点を審究するまでもなく、上告人は右処分行為により右法条に基づき相続の単純承認をなしたものとみなされたものと解すべきである。
従つて、結論において同趣旨に帰した原判決の判断は正当といわなければならない。
弁護士中山知行