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民法の定める遺言証書には,特別の方式によるものを別として、 遺言者が全文・日付・氏名を自書し押印した「自筆証書遺言」、証人2人以上の立会いの下に遺言内容を公証人に口述して筆記させ,各人が署名・押印した「公正証書遺言」、遺言者が遺言書に署名・押印の上,封印し,その封紙に公証人及び2人以上の証人とともに署名・押印した「秘密証書遺言」の3種があります。

今日取り上げたのは、自筆証書遺言に関する最高裁の判例2つです。

第968条〔自筆証書遺言〕

1 自筆証書によつて遺言をするには、遺言者が、その全文、日附及び氏名を自書し、これに印をおさなければならない。

2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、且つ、その変更の場所に印をおさなければ、その効力がない。

昭和54年5月31日 最高裁第一小法廷 判決

自筆証書によつて遺言をするには、遺言者は、全文・日附・氏名を自書して押印しなければならないのであるが(民法968条1項)、右日附は、暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから、証書の日附として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されているにとどまる場合は、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような自筆証書遺言は、証書上日附の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である。

 昭和62年10月8日 最高裁第一小法廷 判決

自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては、当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法968条の定める方式に則つて作成されたものであることを、遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。

 これを本件についてみると、本件遺言書が、遺言者が妻から添え手による補助を受けたにもかかわらず後記「自書」の要件を充たすものであることを上告人らにおいて主張・立証すべきであり、被上告人らの偽造の主張は、上告人らの右主張に対する積極否認にほかならない。

 自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文、日附及び氏名を自書し、押印することによつてすることができるが(民法968条1項)、それが有効に成立するためには、遺言者が遺言当時自書能力を有していたことを要するものというべきである。

 そして、右にいう「自書」は遺言者が自筆で書くことを意味するから、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力を有することを前提とするものであり、右にいう自書能力とはこの意味における能力をいうものと解するのが相当である。

 したがつて、全く目の見えない者であつても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも、自書能力を有するというべきであり、逆に、目の見える者であつても、文字を知らない場合には、自書能力を有しないというべきである。

 そうとすれば、本来読み書きのできた者が、病気、事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために、筆記について他人の補助を要することになつたとしても、特段の事情がない限り、右の意味における自書能力は失われないものと解するのが相当である。

 しかし、後記説示のとおり、本件遺言書は、他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が有効とされるための他の要件を具備していないため、結局無効であるというべきであるから、原判決の右違法は判決の結論に影響を及ぼさないというべきである。

 自筆証書遺言の方式として、遺言者自身が遺言書の全文、日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが、右の自書が要件とされるのは、筆跡によつて本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。

 そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。

 「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、

(1) 遺言者が証書作成時に自書能力を有し、

(2) 他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、

(3) 添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。

弁護士中山知行