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弁済の準備ができない経済状態にあるため口頭の提供もできないような債務者は、債権者が弁済を受領しない意思が明確であっても、弁済の提供が必要だとした最高裁の判例です。そして、弁済の提供をしない限り、債務不履行の責任を免れないと判示しています。

結論に到るメインの理由は、次の通りです。「けだし、弁済に関して債務者のなすべき準備の程度と債権者のなすべき協力の程度とは、信義則に従つて相関的に決せられるべきものである。」

 第493条〔提供方法・現実の提供と口頭の提供〕

弁済の提供は債務の本旨に従ひて現実に之を為すことを要す

但債権者か予め其受領を拒み又は債務の履行に付き債権者の行為を要するときは弁済の準備を為したることを通知して其受領を催告するを以て足る

 昭和44年5月1日 最高裁第一小法廷 判決

 賃貸借契約に基づく賃料債務の支払について、債権者たる賃貸人が当該賃貸借契約の存在を否定するなどして、賃料債務の弁済を受領しない意思が明確であると認められるときは、債務者たる賃借人は言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免かれるものと解すべきであるが、このことは、賃借人において言語上の提供をすることが可能なことを前提としているものであつて、経済状態不良のため弁済の準備ができない状態にある賃借人についてまでも債務不履行の責を免かれるとするものではない。

 すなわち、弁済の準備ができない経済状態にあるため言語上の提供もできない債務者は、債権者が弁済を受領しない意思が明確と認められるときでも、弁済の提供をしないことによつて債務不履行の責を免かれないものと解すべきである。

 けだし、弁済に関して債務者のなすべき準備の程度と債権者のなすべき協力の程度とは、信義則に従つて相関的に決せられるべきものであるところ、債権者が弁済を受領しない意思が明確であると認められるときには、債務者において言語上の提供をすることを必要としないのは、債権者により現実になされた協力の程度に応じて、信義則上、債務者のなすべき弁済の準備の程度の軽減を計つているものであつて、逆に、債務者

が経済状態の不良のため弁済の準備ができない状態にあるときは、そもそも債権者に協力を要求すべきものではないから、現実になされた債権者の協力の程度とはかかわりなく、信義則上このような債務者に前記のような弁済の程度についての軽減を計るべきいわれはないのである。

 原審の確定するところによれば、被上告人は、昭和35年10月31日、上告会社に対し、本件家屋につき、賃料月額3万円、毎月末かぎり翌月分を支払う、賃料の支払を2回分以上怠つたときは催告を要せず賃貸借契約を解除することができる旨の特約つきで本件家屋を賃貸したが、その後、被上告人は、昭和36年10月30日をもつて右賃貸借契約の期間が満了すると主張して、上告会社の提供した同年10月分の賃料の受領を拒絶し、翌月分以降の賃料についても上告会社は数回にわたりこれを提供したが、被上告人は、いずれも前同様の理由でその受領を拒絶し、その受領拒絶の意思が明確であるため、同年10月分以降の賃料は、上告会社において供託してきたものであるところ、上告会社は、営業不振のため債務超過に陥つて倒産し、昭和39年11月30日、その株主総会で解散の決議をし、同年12月7日解散登記をして清算に入つたものである。

 しかるところ、上告会社は、右清算の過程において取引上の会社債務や税金債務等の支払のため、本件家屋の賃料を支払う経済的余力を失い、そのためなんらの弁済の準備もできず、昭和40年6月ころまで遅滞しながらもかろうじて継続してきた弁済供託も同年7月以降は中止するのやむなきに至り、同月分以降昭和41年7月分までの賃料は、右のごとき経済上の事情から被上告人に対して弁済のための言語上の提供もされていないというのであるから、右事実関係のもとにおいて原審が、上告会社は昭和40年7月分以降同41年7月分までの賃料債務について遅滞の責を免かれないものとし、これを理由とし前記特約に基づき被上告人のした本件契約解除の意思表示の効果を肯認した判断は正当である。

所論引用の大法廷判決は、債務者において言語上の提供をすることが可能な場合であることを前提とするものであつて本件に適切でなく、原判決には所論のような違法はない。それ故、論旨は理由がない。

弁護士中山知行